医療はまちづくり

医療はまちづくり。
 
耳にしたことはあるが、何と無くイメージが浮かばなかった。
四国最南端の地で、この言葉を何度となく耳にすることになった。
今はその言葉をみじかに感じることが出来ている。
 
医療はまちづくりに本気で取り組んでいる人たちに出会った。
 

 
高知市から西へ車を走らせること、約3時間。途中、空と海が同じくらい青く、白浜が永遠に続くような大岐海岸を通過する。その後、人口15000人弱の小さなまち土佐清水市中心街に到着した。
 

 
そのまちに、医療でまちづくりを目指す病院はあった。
大正12年から続く、医療法人聖真会、渭南病院だ。
 
今回、その渭南病院が内科医師を募集している。
 

 
まずは理事長で医師である、溝渕敏水院長が出迎えてくれた。
 
往診を終えたばかりの溝渕院長に話を伺った。
頭髪には白髪が混じり、無精髭の残る顔に、キラキラした眼力のある印象的な目をしている。どこか野武士のような風貌だ。
 

 
○どんな子供でしたか?
 
溝渕院長は、両親が医師で、親族で病院を経営する医師家庭に育った。忙しく働く両親を見ながら、自然と医療をみじかに感じる日々を送った。
 
記憶では、朝食をともにしたことはないぐらい、両親は忙しかったようだ。
 
父親は厳格だった。しかし、決して医師になれ、病院を継げと言われるようなことは一度もなかった。
 
中学生まで土佐清水市で育ち、バスケットに明けくれた。高校生活は高知市内の高校野球部の寮で甲子園を目指す生活を送った。
 
大学は東京の慈恵会医科大学へ進学。
ここでもラクビー部、野球部、バスケットボール部を掛け持ちする。最終的にはラクビーを選択したが、スポーツ三昧の学生生活を送った。中学生からスポーツは全てチームスポーツだった。
 
結果として、チームスポーツで過ごした学生生活が、今の病院運営法に繋がっているかもしれない。
 
大学卒業後は東京都立駒込病院で外科医として5年間勤務した。
その時は、がん診療を中心に、診断から手術、治療、終末期医療とすべてのステージを受け持ち、忙しく働いた。その時に治療だけではなく、患者の人生に寄り添う医療を学んだという。
 
その後、父親が体調を崩したことを機に、高知に帰ることになる。
高知に帰っても、すぐに地元には戻らず、外科医として高知県内で勤務した。
ある日、父親から電話がかかる。
 
「とりあえず、土佐清水に帰れ」
 
父親の体調が芳しくないことと、息子に気を遣っての言葉とはわかっていた。しかし、その言い方にはカチンときた。
 
「とりあえずなら、帰らんで」
 
帰るなら、一生地元で働く覚悟を持って帰りたい。いつしか、そう心に決めていた。そして16年前に、地元である土佐清水市にある想いを持って帰ってきた。
 
「土佐清水の急性期医療を守りたい」
 
その当時、土佐清水市内の救急搬送患者は、その8割が市外の病院に搬送されていた。つまり2割の患者にしか医療を提供できていなかったのだ。
渭南病院は土佐清水市唯一の急性期病棟を持つ病院だった。しかし、救急対応ができないために、地元からの信用は低かったという。
 
渭南病院に救急搬送された人も、市外の公立病院への紹介を希望する人が多かった。その時は悔しい気持ちがあったが、現状では仕方がないと思った。
通常の外来患者数も低迷していた。
 
土佐清水市の急性期医療を守りたい。その一心で、がむしゃらに働いた。医師が少なかったため、当直も月に25日もした月もあった。
 

 
16年後の今は、救急搬送患者数は土佐清水市内でその8割を対応している。そして、そのほとんどが渭南病院に搬送されている。
日々の診療を積み重ね、気がつくと、土佐清水市内外で受ける救急搬送患者数の割合は、16年前の逆になっていた。
 
今は地元の方にも信用されてきていると感じている。
外来数も着実に増えている。
それでも信用を取り戻すのに10年以上かかった。
 
急性期医療だけではなく、外来、亜急性期、回復期、在宅医療も一貫して行っている。
東京都立駒込病院時代に学んだ全てのステージをみる医療が役に立っているという。
急性期から在宅まで、その人の人生を地元で見させてもらっていると考えているようだ。
 
医師数も徐々に増え、当直回数も減ってきている。
新しい仲間達と急性期医療を守っていきたいと、16年前と変わらない気持ちで診療している。
 
どんな医師にきてもらいたいですかの問いには、他者のことを気遣える人ですねと言った。間を置かず、医療の基本はそこにあると思っていますと、迷うことなく答えた。
 
キラキラした目で、身振り手振りを交えながら、熱く医療を語る姿が印象的だった。
 
○看護部長に話を聞いた
 
続いて看護部長の竹林さんにも話を聞いた。
 

 
「院長に騙されたんです」
 
笑いながらそう答えた。きちっとまとめ上げた髪と、ハキハキした話し方に意思の強さと、他者への優しい心遣いを感じた。
 
竹林さんは高知市内のいくつかの医療機関で働き、4年前に溝渕院長に誘われて、渭南病院へやってきた。
救急救命センターで働いた経験もあり、そのほか各専門科の病棟でも勤務していた。
大阪の医療機関の就職面接を受けて、高知に帰ってきた時に、紹介で溝渕院長に会い、「高知の医療にもう少しだけ貢献して欲しい」と握手を求められた。
率直に言えば、口説かれたのである。
 
最初は、渭南病院に就職する気は全くなかったが、なぜか溝渕院長の言葉と握手が心に残った。
溝渕院長は、あんないい人材が県外に出るのは惜しいと考えていた。
 
しばらく悩んだ後に、大阪の就職を断り、渭南病院で働く覚悟を決めた。
土佐清水市で医療を完結させたい、救急医療を守りたい、医療でまちおこしをする。
溝渕院長の想いには共感ができ、竹林さんも同じことを考えていたようだ。
 
看護部長として地域医療に取り組んでいる、訪問看護ステーションを立ち上げたり、NPO法人を設立したり、院長と二人三脚で、医療を通じた町づくりに取り組んでいる。
 
看護師は地元以外からの就職者も多く、中には高知市や県外からもこの四国最南端の地に引き寄せられている。
 
竹林さんは言う、この地域では医療が一周回って最先端医療をしていますと。
この地域でできることは、すべてこの地域で終わらせる。急性期医療から在宅看取りまでやっていて、一周して在宅医療、在宅看護が最先端と感じるようになった。
 

 
今は訪問看護に生きがいを感じている。
 
ふと、院長の人柄を尋ねた。
 
「人を見捨てない、人に対する愛情がある人ですね」
 
こんな話もしてくれた。
病院スタッフ全員に、院長の自腹で焼肉をご馳走したそうだ。3日連続を2回、つまり合計6日間である。
その全てに院長は参加したそうだ。
 
○よさこい、チームいなん
 
まちおこしの一環で、7年前から毎年、よさこい踊り(高知市の伝統祭り)にも参加している。
チーム名はいなんで、病院スタッフ以外も参加自由にしており、あらゆる町から参加者がいるようだ。
 

 
2016年には銀賞を受賞した。毎年本気の練習をし、本気で参加している。
溝渕院長、竹林看護部長も毎回参加し、二人とも根っからのよさこい好きだ。
 
溝渕院長は決して、地方車には上がらず、踊り子として毎年参加しているという。
 
どうして地方車に上がらないのか聞いた。
 
少し考えながら溝渕院長はこう答えた。
 
「上から見下ろしたくないんです。10年はスタッフとともに上を見上げる立場にいたい」
 
よさこい祭り期間中は、宿泊も他のスタッフと同じ大部屋で雑魚寝している。
院長が夜な夜な、いろいろ熱く語るために、スタッフは寝れらないことが多いようだ。
 
診療も、病院運営も、よさこい踊りも同じスタンスでやっている、そんな印象を受けた。
 

 
○最後に
 
最後に再度、溝渕院長先生に聞いた。
 
医師の募集については
「働きかたは様々でいい、1週間で4日のみ働く働き方でもいい。土日だけでもいい。人が集まれば、いろいろなことができますから」
高知市から毎日通う医師もいれば、高知市に自宅があり週に4日、土佐清水市で暮らす医師もいる。
様々な働きかたを支援している。
 
四国の最南端で、未来を見据えた医療を試行錯誤しながら行っている。
 
「人が集まれば、医療はいろいろ出来る」
「土佐清水で行った医療を、他の地域にも持って行けたら」
「よさこいを世界に知ってもらいたい」
 
溝渕院長は真面目に語る。
 
ともすると実現不可能と取れるかもしれない。単に夢を語っているだけかもしれない。しかし、溝渕院長の口から発せられる言葉には、未来への可能性を感じられずにはいられない。
 

 
不思議な人である。
 
現場で、日々の診療を真摯に行う医師のみが感じさせる雰囲気を身にまとっている。
その上で、未来に対する医療デザインも持っている。
地に足をしっかりつけて、常に未来を見据えている。
 
最後に、外来中におじゃまして、写真を撮らせてもらった。
 
明日も同じように診療をしているのだろう。
そしておそらく10年後も、この四国最南端のこの場所で、今日と同じように診療をしているのだろう。
 

 
礼を言い、診察中の溝渕院長の背中を見ながら廊下に出た。患者との話し声が廊下に静かに伝わっていた。
 

求人案内
組織名医療法人聖真会 渭南病院
サイトhttp://www.inan-hp.jp/
勤務地高知県土佐清水市
職種内科医 循環器内科医 整形外科 小児科医
雇用形態常勤・非常勤 相談してください
給与当会規程による
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