人の成長を喜びに、病院薬剤師という生き方
インタビュー中に、3回泣く人がいることに驚いた。
その人の熱量を常に感じ続けた2時間だった。
高知県高知市、高知駅から南に歩いて約5分の場所に、社会医療法人近森会、近森病院がある。
救命救急センターを擁し、チーム医療で24時間365日休みなく患者さんを受け入れる高度急性期病院だ。
地方の医療機関ではあるが、回復期リハビリテーション入院加算料、NST(Nutrition Support Team)加算などの設立に、先駆的役割を担い、時代に先駆けたチーム医療を提供し続ける病院である。
薬剤部部長をしている筒井さんに話を聞いた。
何でもハキハキ答えてくれ、サバサバした性格の印象だ。
○子供の頃はどんな感じでした?
子供の頃は、母親が入院しがちでそんな時は父と兄とで親戚の家に泊まった。
母親の入院は辛かったが、親戚の家で大勢でワイワイすることは楽しみであったという。
父親は天然な性格で、三三七拍子ができなくて宴会の司会の前日は家族全員で練習したことを覚えている。セーターを前後逆で着ることは日常茶飯事だった。
そんな父親だったが、生きる上では一番影響を受けたという。
それは負けん気だった。当時、父親は仕事の事で大変な苦労があり、それに対し弱音を吐かず頑張っていた姿を子供ながらに見ていた。その父親の後ろ姿に感じるものがあったという。
祖母が現在は惜しまれながら閉店した、名物居酒屋「とんちゃん」の共同オーナーで、子供の時は居酒屋のお客さんに囲まれながら晩御飯を食べていた。
そんな子供時代の体験が、ワイワイするのが好きな今の性格を作ったのかもしれない。
中学高校と中高一貫の女子校に進学し、6年間剣道部に所属した。インターハイへ個人、団体で出場し、四国大会では優勝の経験がある。
剣道をやり始めたきっかけは、当時憧れていたタレントのテレビCMだった。一度始めたことは、自分から辞める気にはならないという。
しかし、何かを始める時に、強い意志や目標は無かったと笑いながら話してくれた。
○何となく薬剤師になる
薬学部に進学したのも、「高知を出るなら薬学部以外はお金を出さない」と両親に言われたからだ。薬剤師のなりたいという強い目標は特に無かった。
東京で4年間(当時は薬学部は4年制)学生生活を過ごし、母親に高知大学付属病院の薬剤師募集があるからと言われて就職試験を受けて就職した。
何をするにしても、きっかけはいつも自分からでは無かったと笑っていた。
高知大学付属病院では、薬剤師としての基礎をしっかり学びたい気持ちが強く、ガムシャラに働いた。
高知大学付属病院で5年間勤務した後、友人に誘われて現在の近森病院に就職した。その時々、縁のある場で一生懸命に働くことがポリシーだという。
しかし、何となく就職した近森病院の自由な雰囲気は性に合っていた。
○薬剤部部長として
今から12年前、40歳の時に薬剤部部長になった。当時はNSTが始まったばかりで薬剤師の働き方も変換期を迎えていた。
その時が一番キツかったと話してくれた。いろいろな部署からダメ出しを出されたのだ。
「うちの薬剤師は、処方解析はできるけど処方提案はできない」
「そんな服薬指導なら誰にでもできる。」
「何も意見がない」
など散々言われたと言う。
しかし、この時に父親譲りの負けん気が起爆剤となった。色々な教育的なカンファレンスを実施し、皆で勉強し知識とチーム力で対応した。
地道な努力を続け、今では逆に薬剤師が意見を言いすぎると言われるようになっていた。
近森病院薬剤部では「臨床に強くなり、患者さんに一日でも早く元気になって退院していただくため、患者さんを治すことに参加する」を理念としている。
集中病棟では服薬指導の必要性が低いが、集中病棟に多いハイリスク薬の点滴の配合変化や速度、抗菌薬の初期選択に多く介入している。
休日も交代で半日出勤し、抗菌薬やハイリスク薬を投与する患者の治療に早期に関わっている。
外科系病棟では整形外科医師の依頼で2012年より薬剤師主導の糖尿病カンファレンスを行っている。周術期から血糖コントロールに薬剤師が参加することで在院日数の短期化やHbA1c改善などの実績もある。
急性期病院という特性上、外科入院で糖尿病が発見される症例も多く、退院後の治療や通院先に関してもソーシャルワーカーを交えて相談し、糖尿病の治療経過の診療情報提供を作成している。
感染症は薬剤師が介入しやすい分野であると考え、病棟業務を開始するにあたり集中的に強化してきた。
呼吸器内科・感染症内科の医師の協力を得て、抗菌化学療法認定薬剤師を中心に講義・症例検討会を行っている。その甲斐があり、薬剤部全体が底上げされ、薬剤師が医師に抗菌薬の投与量はもちろんのこと、初期選択に介入している症例も多い。
薬剤部には薬剤師数35人に対し、薬剤業務補助員(テクニカルスタッフ:通称テクスタ)が10人在籍している。(2018年12月現在)
10年前からテクスタの採用をはじめ、病棟にもあがり薬剤師不足を補っている。持参薬オーダーの代理入力、TDMなどのデータ入力、各委員会に提出する資料作成など、薬剤師が監査し、責任が取れるものであれば行っているため、その業務は多岐にわたる。
あるテクスタは配合錠の成分もスラスラと答え、そのレベルアップは薬剤師の力にもなっている。
集中病棟を含むすべての病棟に薬剤師を常駐させるため2001年から在庫管理や搬送は外部薬剤SPDを導入している。
そうして薬剤師は薬剤師にしかできない業務に集中できるという。
嬉しかったことは、以前から行っていたことが、保険点数に算定されたことだ。
2012年に病棟薬剤師業務実施加算が算定されることになった。
近森病院では診療報酬の点数化される前から、各病棟に薬剤師を配置し薬剤指導などの業務を行っていた。この取り組みが評価される診療報酬になった。
現場で必要なことを感じ、考えて行動する。近森イズムの象徴だという。
逆につらいことは何ですかの問いに。
スタッフが辞める時が一番つらいと話してくれた。
どれだけ環境を整えても、職員数が増えれば人員の出入りは仕方ないことだが、退職希望を伝えられる時には毎回苦しくなる。
送別会のたびに泣いているそうだ。職員結婚式のスピーチでも泣き、忘年会挨拶でもよく泣き、いつしか泣きむし薬局長といわれるようになった。
そんなトップの人柄か薬剤部には、退職してからも気軽に顔を出す人が多い。
一度でも一緒に働いた人は、家族だと思っているそうだ。
スタッフの成長を何よりも嬉しく感じる。スタッフは本当に大切だと思っている。
何の力みもなくそんな言葉が出てきていた。
あるスタッフは、自分の父親の命日を覚えていてくれて、優しい声をかけてくれたと話していた。チームのために先頭で戦ってくれている人だと思っていますとも答えてくれた。
また、医師や多職種との距離の近さが近森病院の魅力だという。
薬剤部長の人柄と薬剤部の雰囲気に惹きつけられ、薬剤部で毎日昼食をとっている医師もいる。筒井さんも薬剤部員からゆかさんと呼ばれ、薬剤部内の距離の近さが伺える。
この垣根の低さは診療上でも役立つところは多く、多職種が協力し、情報提供しあえる職場の雰囲気づくりにつながっている。
今は日本病院薬剤師会の理事もしており、院外の仕事も忙しい。
何事も全力で取り組む性格で、頼まれた仕事は断らない。
その仕事に対する原動力を聞いた。
「 亡くなった両親に、いつか褒めてもらいたい。その想いです 」
亡くなったご両親にいつか会う時に、一生懸命働いたと胸を張って答えることができる人間になりたい。
○母親として
病院薬剤師として忙しく働いているが、子育てとの両立はできているつもりではあった。しかし、自分の働いている病院を見てもらいたいとの思いが強く、現在大学生の娘が高校生の時に、近森病院の職場体験に無理やり参加させた。
その時、娘さんからひとことだけ言われた、言葉がある。
「 お母さん、幸せ者やね 」
おそらく、病院内の様々な部署で、筒井さんの娘であることから声をかけられたのだろう。そして、母親のことを褒められたのではないだろうか。
多くのスタッフに愛されている母を、実感した言葉だと思われる。
いつも忙しく、子供と過ごす時間が短いと気後れしていたが、仕事を頑張っていることが娘に伝わり嬉しかった。
父親の話で泣き、部下の成長や退職の話で泣き、娘の話で泣く、真っ直ぐで純粋な人だと感じた。
○最後に
どんな人に来てもらいたいですかの質問には、
「 一生懸命に働く気持ちがある人なら、どんな人でもいいです 」
実際に、他の医療機関が採用に躊躇している人でも、いいところが一つでもあれば採用しているという。
職員のうち20代の若手薬剤師が半数以上を占める。そのため、いかに若手を育て、レベルアップさせていけばよいかと常に頭を悩ませている。
薬剤部内では検査値や病態をよみ、他職種と共通言語を持って診療に携わるために、勉強会や症例検討会を定期的に開催している。
学会発表や資格の取得など、薬剤師としての経験値や知識の習得もバックアップしている。
また、終業後の勉強会の参加が難しい子育て世代の職員に対し、昼休みを利用したクイックレクチャーを行っている。
ここの薬剤部は人を皆で育てているので大丈夫と、自信を持って話した。
病院全体としても若い職員への教育には力を入れており、理事長自ら週2回、集中病棟で薬剤師と管理栄養士のためにNSTカンファレンスを行っている。
病院薬剤師として、母として、部長として一人何役もこなす面倒見のいい人。
病院薬剤師を目指す方は、一度筒井さんに会いに来てみてください。
インタビュー後は心地良い疲労感を感じながら、近森病院を後にした。
何回か泣きましたが、最後は笑顔で。
組織名 | 社会医療法人近森会 近森病院 |
サイト | http://www.chikamori.com |
勤務地 | 高知県高知市 |
職種 | 薬剤師 |
雇用形態 | 常勤 |
給与 | 当会規定によります |
勤務時間 | 8:30〜17:00 (当直)16:30〜8:30 |
休日休暇 | 週休2日(振替休日) 有給休暇(入社2ヶ月後3日、半年後10日間付与され、以後1年毎に1日を加算し最高20日間) 育児休業・介護休業・慶弔休暇 |
福利厚生 | 保育施設(24時間) レクリエーション(ソフトボール・バレーボール・運動会)希望者のみ カルチャー教室(華道・茶道) 健康教室(スポーツジム利用補助) ユニホーム支給 |